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高温多湿で不快な毎日に朝起きると歯茎が腫れている

東日本では、一応猛暑は収まったが、高温多湿で不快な毎日に朝起きると歯茎が腫れている。雷が鳴り夕立になって大雨が降っても、今までの夏のように涼しくなることもなく、高温多湿の不快が夜が続いている。その上、給湯器の調子が悪く大雨が降ると雨水が入ってしまうのか。ガスに着火できずシャワーを使うことができない。まだ、それほど長く使っている覚えはないのだが、不良品だったのか困ったものだ。

去年の八月は雨ばかり降ってもっと涼しく過ごしやすかったような気がするが、今年は、その暑さという湿度といい、実にすごしづらく不快な日々が多い。群馬ではヘリが落ちて全員死亡という悲しい出来事が起きたり、事件、事故も多く何か変だと感じている。

後、1、2週間経てば、朝晩が涼しくなって、少しはすごしやすくなるのだろうから、部屋を除湿して体調管理には気をつけたいものだと思う。

毎日酷暑、酷暑、熱波のせかい~!

相変わらず毎日暑い日が続いている。今年の猛暑は殺人的と感じるほどだ。井上陽水の「氷の世界」の逆で、「今年の暑さは記録的なもの 火照ってしまうよ。毎日酷暑、酷暑、熱波のせかい~!」だ。なんだか頭もおかしくなりそうだ。特に午後になると暑くてどうしょうもなくなってしまう。

2,3日前には、何もしていないのにTシャツが汗でびっしょりになるほどで、その汗が風に当たって「冷え」を身体に呼び込んでしまったのか。昨日まで軽い頭痛がして苦しんだ。ただ昼間、家に居るだけで頭痛がしてくるほどの暑さというのは、初めてではないだろうか。

いつもの夏なら夕方には、夕立が降り風が吹き雷が鳴って雨が降り、その後には涼しくなってほっとするのだが、今年はゲリラ豪雨どころか夕立さえも来なくなってしまった。たいていの夏は、暑い暑いといいつつも、普段よりは身体が柔らかくなって体調もいいのだが、今年はかえって具合が悪くなってしまう人の方が多いのではないだろうか。

背中や首肩の凝りも、汗をかいて風に当たって、かえって「冷え」が身体に入ってしまって起こってしまうことが多いので、指圧や針で治療し調整することで癒すことができるだろう。暑すぎて外に出るのもおっくうになってしまいがちな毎日ですが、よかったらぜひ指圧を受けに来てください。

 

ビール太り解消のスイッチを入れる

ご褒美と 飲んだビールで 腹がでる

暑い暑いで毎晩、ノンアルコールのライム味のビールを飲んでいたら、いつの間にか背中にも腹にも贅肉がまたついていた。走ると背中の肉がだぶついて動き気持ちが悪いと思った瞬間、また、豆腐大根ミックスサラダを食べてダイエットしなければと思った。今までにない今年の夏の暑さにようやく身体が慣れてきて、反撃する気力が出てきたのだろう。

身体的には、腰の腎と肺、呼吸器系に関係する胸の鎖骨の下に痛みや辛さがある。こちらは気功ヨガを一日何回もやることによってしだいに回復してきている。冷房を入れて寝ているので、朝起きるとどうして呼吸に関係した胸の鎖骨お辺りの筋肉が硬くなり苦しくなってしまう。

いずれにしてもやる気のスイッチが入ることが大切だ。そうすれば、ビール腹も意外と早く解消するだろう。

死の恐れを取り除く

先日、実家でお袋を指圧しながらテレビを見ていたら、ポルタガイストの特集をやっていた。ビデオカメラ移った現象の中に白っぽかったり、黒っぽいエネルギー体のような者が映っていた。私たちは通常こういうシーンを見るとぞ~とするように刷り込まれているのだが、よ~く考えてみると死んでもエネルギー体としても自分という者が存在し続けることができることの証明で、むしろ、喜ぶべきことなのではないかと思う。

「死」の恐怖の中には、自分という存在が完全に無くなってしまうのではないかという恐怖があると思うのだが、流れる命としてのエネルギー体は残ると思えば、この恐怖もなくなるのではないだろうか。そして、この生命エネルギーを増やす、鍛えることが非常に重要だということがわかれば、こ社会のあり様も生きることの目的も変わって来る。戦争でわざわざ人や国を破壊する必要もないし、人より多くの物を独占して、人を支配する必要もなくなる。

もうすぐお盆が来る。うちは去年、親父が亡くなったので、新盆だ。お寺は、今年新盆の檀家の人をまとめて供養するという。そして、その後お墓にお迎えにゆく。しかし、肉体が無くなって自由なエネルギーとしての存在になった時にわざわざ狭苦しい墓の中にいるのだろうか。自分を肉体と混同した結果がこうした風習になっているのだろうか。本来、生死の真理を明らかにすべき坊さんが、いつまでもこうした無知につけんでいることにも違和感がある。本来ならば、命には終わりはなく、「死」を恐れる必要はまったく無いということを説くのが彼らの仕事ではないだろうか。

酷暑と不調

今年の夏は特に暑い。そのために冷房を入れっぱなしで寝ている人も多いと思う。そうして寝ている間にかえって冷えてしまい朝起きても肩周りが硬く凝ってしまったり、胸や首、喉も痛むことがあるのではないだろうか。

そんな下界の暑さに耐え切れず、昨日は、家族で日光白根を目ざすドライブに行って来た。標高が2000メートルを越えないと涼しくならないのではと思って日光白根にした。いつもだと草津白根に行くのだが、今年は火山による事故が起きたりして道がまだ封鎖されていて行けなかった。

車で山を登っていくろしだいに気温が下がって来た。窓を開けて手を出し外の外気に触れて確認するたびに生暖かかった空気が、冷えた気持ちよいものに変わっていった。峠の一番高い所についた時には、22℃ぐらいにはなっていた。そのまま日光方面に下って戦場ヶ原の前の三本松茶屋で休憩して飲み物を頼んだ。店で注文したミルク飲んでいる時に開け放たれた戸から入ってくる風が心地よかった。

さらに中禅寺湖、日光へと下ったが、観光客が多いのに驚いた。皆考えることは同じで、涼を求めて都会から来ていたのだろう。帰りは122号線を通り、足尾、草木ダムを桐生方面に行き、途中右に折れて赤城の南面を走る国道353に抜けて北橘まで来た。そして、そのまま大正橋まで行き、北上して小野上温泉に入って来た。温泉を出ると見事な夕焼けだった。今朝は、さわやかな風も吹き、夏の疲れも少し癒された。昨日のドライブは、夏の疲れを癒すのにちょうどいいタイミングだった。今年のように暑い夏は、ぜひ標高の高い山に行って、心と身体の疲れを取るのがお勧めです。

左脳派社会

 

先日治療をしていて患者さんから、左脳派社会という言葉がでてきた。確か相変わらずうつで会社を休む人が多いという話からでてきたのだと思う。左脳派とは、論理的で計算力があり、右脳派とは、直感的で芸術性に優れているというイメージがある。つまり、AIやITが盛んな現代社会は、ますます左脳化しているということである。

自分などは、完全な右脳派人間なので、実に生きにくくなってきていると感じる。だいたい書類を書くとほとんど間違えてしまう。自分でも驚くような間違いを犯してしまい、送り返された書類を見てびっくりすることがよくある。最近の世の中は、自分のことは棚に上げて、人が間違いを犯すと必要に追求するようになってきている気がする。

元々、人間とは間違いを犯すもので、間違いから学ぶことで精神的に成長していくのではないだろうか。そうした人間の欠点を許さないような社会になったら、生きることがますます辛くなってしまうのではないだろうか。般若心経を読んでいて救われるのは、この世の一切が空だということだ。たとえどんな素晴らしいことをしても、また過ちを犯してしまったとしても、それは映画の世界の出来事のように架空の話であったとしたら救われる。人間の本質は、この世のどんな出来事によっても傷つけらることがないと知れば、この世のどんな辛いできごとにも耐えることができる。

でもそれは、人が人と直接繋がるからできることで、すべてをAIが判断してしまうような左脳派社会の到来は、できれば避けたいものだ。人間だもの血と気の通った温かい愛情のこもった判断が必要なのではないだろうか。

97歳老婆の涙

最近は、人生100年時代とか言われるようになった。そのために社会保障費が増大するので、消費税を上げるのは当然だし、年金支給年齢を70歳に引き伸ばすべきだとも言われている。でも、それって本当に幸せなんだろうか。寿命が延びたために死ぬまで働かなくてならなくなってしまい、かえって不幸になっていないだろうか。

毎週、マッサージに通っている老人施設で、97歳になるお婆さんがいる。すでに認知症が進んでいるので、毎回同じ話を聞かされる。そんなおばちゃんが、この間行った時に身体を振るわせて泣いていた。なぜかというと施設の人が自分の物をみんな取ってしまい、物がなくなってしまうというのだ。しかも、年中働いている人が入れ替わるので、誰も分からないという。タンスはなくなってしまうし、服もなくなってしまうし、その時は、ひざ掛けもなくなってしまったと言って泣いていた。

確かにその施設は、職員の入れ代わりが激しいとは思ったが、タンスの件などは、地震の時に倒れては危険なので、家族と話しあって片付けたのだと思う。そのおばあちゃんの口癖は、「もういつでもあの世に行きたいんだけれど、なかなかお迎えに来てくれないんだよ。」ということだ。同じような言葉、102歳で亡くなった自分の祖母からも聞いたことがある。彼女は、バスに乗りたいとあせるのだが、いつもバスに置いてかれる夢を見るといっていた。

こうしたことを考えると安易に「人生100時代」などと言う事の愚かしさがよく分かる。人生、ただ長く生きればいいという時代は終わったのだ。死の意味を肯定的に捉え生死を一つのものとして生きることができるようになれば、無闇に税金ばかり増やすことなく、充実した生を送ることができるようになるだろう。平均寿命は、下がるほうが個人も社会も幸せになれるということをそろそろ気づくべき時ではないだろうか。

仏陀が街にやって来た

昨日は、友人のシルバンと渋川の総合公園の上にできた台湾のお寺に行ってきた。上の写真は、たぶん弥勒菩薩の像だと思うのだが、日本人がイメージする姿とはあまりにも似ても似つかない姿に最初は唖然とした。しかし、この姿こそ中国人が仏教に対して持っているイメージなのかと今回このお寺を訪ねて改めて思った。

このお寺が建っている場所は、かつては栗林だった。そして、いつかここにスピリチュアルセンターを建てたいものだと思っていた。しかし、残念ながら自分の力ではなかったとは言え、今ここに立派なお寺が建ってる。しかも、ここからの眺めは最高だった。遠くから来た信者の人たちも、列を成してこの素晴らしい風景に見入っていた。これぞまさに仏のなすわざと言えるだろう。「仏陀が街にやってきた」のだ。毎日、水沢に向かって薬師堂の治療室のベッドに座って般若心経を唱えたかいがあったというものだ。

お寺の中に入ると案内の人が付いてくれていろいろと説明してくれた。日本に住む台湾から来た信者さんのようだった。その人になぜ渋川を選んだのか聞いてみると「ここはへそだからです。」と答えた。そう渋川は、日本のへそだし、日本の中心だし、エネルギー的にもすぐれているということなのだろう。スペシャルなスピルチュアルスポットということだ。よく渋川に住んでいる人がここにはなんにもないということを言うが、何にも無いではなく何も無いということに満たされている、目には見えないエネルギーが噴出しているということが外からみるとよくわかるということだろう。最後にガイドさんが、千手観音像の所へ案内してくれた。なんでも敦煌の壁画にあったものを立体化したものなのだという。

前回書いた微笑みをこの仏像からも感じることができる。「観自在菩薩 行人深般若派羅密多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄」と般若心経を唱えていれば、自然と観音様と感応道交し、こうして目に見える形でこの世に現れてくれる。かつて、太極拳を習いに中国に行った時に、師匠や仲間と共に少林寺を訪ね達磨大師が座禅をした洞窟で座った時からずっとこの縁は続いていたのだろう。

 

拈華微笑(ねんげみしょう)

昨日、毎週往診に行っている患者さんが突然亡くなられたという話を聞いた。その日も施術するつもりでいったのだが、、あまりの急な話しだったので驚いた。その患者さんは、施術を受ける時は、いつも目を閉じていて軽く微笑んでいるような顔をしていた。そして、時々、ブファファファと吹き出すように笑うことがあった。

ちょうど前々回の施術の時、いつもそこでの仕事をサポートしてくれる人が、ある人に瞑想を勧められているという話をしていた。そこで、両手の中指を眉間に沿って真っ直ぐに上げ、額の上に突き当たったら左右に分けて降ろしてきて、顔の横を通して目じりを下げて顎の下で合掌してハートの前で止めると脳の中心が開き、リラックスして瞑想状態に入ることができますよと説明した。そして、この患者さんの顔をさして、「ほら、こんな表情です。眉間のアジナチャクラの所が開いて仏様のような顔をしているでしょう。」と言ったばかりだった。

確かその時にえんげ微笑とか言って説明したような気がしたが、よく調べたら拈華微笑だった。 自分のあやふやなイメージとしては、樹の花の下で釈迦がその花を手にして微笑まれた所、迦葉尊者だけが微笑み返してその意味を理解したと思っていた。ところが、よく調べてみると、「インドの霊鷲山(グリドラクータ)上で釈尊が黙って華を拈(ひね)ったところ、会座の衆はその意味を理解することができなかったが、迦葉尊者だけがその意味を理解して微笑した。」(ウィキペディアより引用)ということだった。

この言葉は、「禅宗において禅の法脈を釈尊摩訶迦葉に微妙の法門として付嘱したとする伝説のこと。禅宗の起源を説く寓話であり、公案の一つでもある[1]代以降の禅宗において、不立文字教外別伝の立宗の基盤を示すものとして重用された。」(ウィキペディアより引用)とある。

まあ、難しいことはよくわからないのだが、要するに、悟りの境地は言葉では伝えることはできず、以心伝心によって、直接相手に悟りを伝えることしかできないということなのだろうか。

話を元に戻せば、その患者さんの微笑みが、彼女のこの世での修行の完成を意味していたのはないかと思う。その人には、知的な障害があり、表面的には何も分かっていなかったのかもしれないが、深い意識の中では、すべてを了解して、この世の修行を終えて無事彼岸へと旅立つ準備が整っていたのかもしれない。誰しも本当に心の底から微笑むことができるようになった時、涅槃の境地へと至ることができるのだろう。

へそが揺れて大地震の予兆か

渋川出身の役者渋川清彦が主演の映画「榎田貿易堂」をシネマテーク高崎という映画館で観た帰り、ちょうど渋川にさしかかった時にけたたましく地震警報が鳴った。車を運転していたので、まったく揺れを感じることもなかったので、たいしたことないのだろうと思っていたら、震度五弱だからけっこう揺れたらしい。元々、この辺は、あまり地震のあるとことではないので、渋川が震源と聞いて驚いた。

そういえば、映画の中で榎田貿易堂の看板から突然、夏の字が落ちて「何かすげえこと起こる予兆」とか主人公が言うシーンがあったが、この言葉は何かを暗示しているのかもしれない。特にこの夏は、注意する必要がありそうだ。なぜなら、渋川は、日本のへそといわれているので、中心が動くということは、全体が揺れるスイッチが入ったことのサインかもと思ったからだ。

地元で撮った映画を観るといつも行き着けの場所がでてたりして、けっこう楽しめる。このシーンの場所は、どこかと探すのも面白い。榛名山の真っ直ぐな道もでてたし、最後の方で毎週言っている眺めのいいそば畑がでて来たので、「そうそうここの眺めはいいんだよな、さすが地元出身だけあってわかっているじゃないか」と思い喜んだ。この場所は、去年のお正月に初日の出を見に行ったら、けっこうたくさんの人がきていたので、いつの間にか地元では有名になっていたのかもしれない。