単、純、明、解
この世の真理とは、意外と単純なのかもしれない。
現代人が、鬱病など心の病になやまされるようになったのも、どんどん世の中が複雑になってしまったからかもしれない。「三丁目の夕陽」のころは、今よりも貧しかったが、遙かに幸せだったような気がする。その頃は、母はおかちゃんでちゃんとうちにいて、たえず太陽のように輝いて家のなかを照らしていたし、看護師は、看護婦さんでふくよかな優しさに安心して身を任せることができた。
「24」というアメリカのドラマを見ているときつい目をした女性がたくさん働いている。そして、主人公のジャック・バウアーは24時間走りっぱなしだ。「昔、24時間働けますか」というCMがあったか、まさに彼こそジャパニーズ・ビジネスマンの典型である。
受験勉強という競争がはじまった子供のころから、いつも何かにせっつかれているような、追われているような感覚につきまとわれて、それが世のなかをジャック・バウアー化しているのかもしれない。いつも走っていないと不安で、自分が崩壊してしまうような恐怖を感じているのかもしれない。
しかし、立ち止まって世のなかを冷静に見てみれば、平家物語にもあるように「盛者必衰」「諸行無常」の理を現すように一時的に勝ち誇ったかに見えた人々も皆問題を起こし沈んでゆく、この世はたえず変化して止まないものだということがわかる。
自分の外に在るものを手に入れようとして手はいらないと不満が高まり、絶えず変化しているものを永遠のものとして執着するとそれを失った時にひどい悲しみと苦しみに襲われる。
「単、純、明、解」とは、一つのものに純粋に集中すれば自ずとすべては明らかになるということ。あれも欲しいこれも欲しいという欲望と他者に対する依存と執着から自分自身を解放して、内面を見つめて単純な行為を繰り返し行うことによって、しだいに心が静まり元々あった平安と喜びの世界に帰ることができるということ。
最近、般若心経の本をよく書店でみかけますが、確かに声をだして唱えると効果があります。私も一万回を目指して毎日唱えていますが、現在6500回で唱え始めたきっかけとなった心の傷といったものは、どこかにふっとんでしまいました。気功もまた直接的に心と身体に喜びをもたらせてくれます。安易に薬にたよって、今度は薬に対する依存症になって苦しむよりは、自らの努力で根本的に悩みを克服したほうがいいように思います。
自分自身を信じて内面深く掘り下げてゆけば、永遠に続く喜びと平安という本来の自己に至ことができると思います。