本当の意味でのライオンキング

最近は、ラマカント・マハリシの「自己なき自己」という本をゆっくりと読み進めている。その本の中にこんな話があった。

以下引用

質問者:では、すべての問題を引き起こしたのは体だということですか。

マハラジ:実際の所、体はあなたに自分自身を知る機会をくれる。体が突然、大きな幻想の隔たりを作り出したので、実在はあなたにとって未知のものとなり、その結果、あなたは自分の真のアイデンティティを忘れてしまったのだ。
強くなり勇気を持ちなさい。臆病な生き方をしてはいけない。ライオンのようになりなさい。ライオンの例え話を知っているかね?子ライオンが羊の群れの中に連れてこられた。子ライオンは、自分も羊だと思い始めた。子ライオンは、犬や狼を怖がった。そして、ある日別のライオンがやってきて、この子ライオンと友達になろうとした。子ライオンは、泣きそうな声で言った。「僕を傷つけないでください。僕は羊なんですから」。別のライオンは、子ライオンを川岸に連れて行って言った。「水に映る自分を見てごらんよ。自分の顔を見てごらん!体の残りの部分も見てごらんよ。わかったただろう?僕は本当のことを言っている。君も僕を同じライオンなんだよ!」。子ライオンは、水面に映った自分の顔。体。各部を一目見るなり、「ああ、そうだったのか!わかった!」と言った。

中略

マスターも同じことを言っている。「あなたは男ではない。女でもない。あなたはブラフマンだ」。咆哮を上げることができるのに何を恐れる必要がるのだろう?

つまりこういうことだ。実在を知れば、あなたはもともとの場所に戻る。

以上引用終わり

ちょうど同じよな話を鷲を例にとったたとえ話で読んだことがある。つまり、自分たちの本質は、臆病な羊や鶏ではなく、気高いライオンや鷲のようなものだということだ。だから、自分たちの本質を知れば、なんの恐れも不安もなくなるということだ。仏教でいう施無畏とは、こういうことを言うのだろう。

そういえば、観世音菩薩は、人々の畏れを取り除くという意味で施無畏者と呼ばれているのだと言う。般若心経の中のこの下り「是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受・想・行・識、無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、乃至、無意識界。無無明・亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。無智、亦無得。以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罜礙、無罜礙故、無有恐怖、遠離・一切[注 6]・顛倒夢想、究竟涅槃。」

は、やはり「自己なき自己」の中のこの言葉に呼応している。

以下引用

ただあることとともに、ただありなさい。ただ自分自身を、体が存在する前の自分の状態でいなさい。あなたは、すでに最終的な真実であり想像も概念もない」、「この恐れの亡霊の悪循環を断ち切りなさい。「私は死なない。私は生まれていない」ということを受け入れなさい。誕生と死は、体だけに、食物からなるからだだけに関係している。この確信がとても重要だ。

以上引用を終わり

すべての苦しみや災厄の原因は、自分が肉体だと錯覚することから始まっている。もっとも、生まれてから死ぬまでずっと肉体の中にあって、痛みや苦しみを体感しているのだから、そう思い込んでしまったとしても無理もないことです。普通の人が、自分が肉体ではないなどという真実にたどり着くのは、本当に難しいことだと思います。

しかし、ありがたいことにその真理に気がついた人たちがいて、その真理をお経や本の中に残してくれいる。だから、後は自分たちが、日々の中で実践して体感としてその真理を理解してゆくだけでいいのです。といっても、その道はそれほど簡単にはいきませんが。

 

 

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