
いよいよ話は、佳境に入ってきます。
「はじめの出来事は、ちょうど今年の夏も終わるアンマの誕生日の直前のことでした。
その晩アンマは部屋の外に出て、来客と時々お会いするための小屋のそばにいました。そこはジャスミンの茂みがあり、よい香りを放つ花がたくさん咲いていて、地面に落ちていました。落ちている花を見て、アンマは思いました。
「この花は、多分泣いている。自分たちは地面に落ちてしまって、もう神に捧げられることはない、と思って悲しんでいる」
それでアンマは花を幸せにしてあげたいと、その花を拾い始めたのです。・・・・・・
ある人が
「海のために花飾りをつくるのですか。」と尋ねたのです。それを聞くとにわかに4,5人が、アンマに同じことを考えていたと言い出しました。そして、みんなはアンマに海に花を捧げるかどうか尋ねはじめました。
アンマはそれを聞いて、たぶんこれは海がそうアンマに伝えたがっているのかもしれないと思い、針と糸をもって来るように言って、花輪をつくり始
めたのです。やがてアンマは自室に戻ってくると新鮮なまま冷蔵庫にしまっておくようにおっしゃいました。海岸に行く途中に何人かの修行僧にすれ違った時、アンマは彼らに向かって、海に花輪をあげたいのだけれど、それは海が自分で取りに来たらあげるのだとおっしゃっていました。アンマたちが浜辺につくと、アンマはいつものように岩の上に登ってすわり、しばらく瞑想をしていました。その後で私から花輪を受け取り、右手を前にまっすぐ伸ばして花輪をその手に握りしめたまま、、アンマは海に向かってこうおっしゃいました。
「さあ、もし、本当にこの花輪がほしいならば、ここに来て私を包み込み、この手から花輪をもっていきなさい!」
私は微笑みながらも、同時に少しがっかりしていました。海面は、二、三メートルも下にあり、波がそんなに高くなることは絶対にありえない、海が花輪を取りに来るのは不可能だと知っていたからです。
しかし、アンマのその言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、急に下の方から巨大な波がせり上がってきてアンマの頭上まで高くあがったか
と思うと、今度は上からもう少しでアンマを押し流してしまうくらいに強い力で打ち寄せていったのです。でもアンマはなぜか流されずに座ったままで、波はアンマの手から花輪をもぎとると、下の海へと戻っていきました。
私は驚愕して、アンマと海のあいだにある愛の深さに、目をみはって言葉もありませんでした。」
海は命の故郷。私たちも背骨のかなの脊髄液という海に、未だに浮いて思考しているのかもしれません。「青い海」の気功で意識の海にとけ込む時、海と私たちは一体化します。でも、アマチのようにその海を動かすことのできる人は、めったにお会いすることができません。
昔、船の上から空き缶をすてる人を見て、不思議に思いました。なぜなら、海も私たちも一体なのだから、それは自分自身の身体の中に空き缶をすてるのと同じことだからです。