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この世とは、ム~という響きのスクリーンに投影された三次元のドラマだ。

映画館に行くと、映写機がありフィルムを通過した光がスクリーンに投影されて、無地のスクリーンにドラマが展開する。それと同じようにこの世も、ム~という響きで満たされた三次元の空間に様々のドラマが展開している。しかし、そのすべてのドラマは、やがてはム~という原初の音の響きの中に帰り消えてゆく。普段、人は、目の前の物事しかみていない。特に何かの出来事に巻き込まれると、ますます視野が狭くなり、その状況から意識が離れなくなり、夜寝ても冷や汗が出て眠れなくなり、昼間も鬱々とした自分で過ごすことになる。そして、一晩で何キロも体重が落ちてしまう。

それは、まるで切れた錨の鎖を握って、海の底へ引きずり込まれていくようなものだ。錨は、物質や肉体などのこの世の象徴であり、それを握っているのは、自分自身だ。錨が離れようとすれば、するほどますます強く握りしめて、離さないようにしてしがみつく。するとますます不安と恐れの渦巻く奈落へと落ちてゆく。しかし、もしここでいったん錨から意識を離し、客席から舞台の出来事を眺めような気持ちになることができたならば、錨を握っているのは、自分自身でそれへの執着が、苦しみの原因だということに気がつくことができるだろう。

それに気づいたら、とりあえず錨を強く握っていた手を離す。「放てば手に満てり」という言葉があるように、一時的に喪失感や怒り、悲しみに囚われることもあるが、しだいに自由で解放された自分に気づくようになる。今までの苦しみの原因は、ない物をあると錯覚して間違って執着していたということに心の底からわかる時がくる。それが、般若心経の冒頭の句、「観自在菩薩、行深般若波羅多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄」の意味だ。誰もが、この三次元という透明な空間のスクリーンの上で、架空のドラマを演じているに過ぎないということに気がつけば、戦争や犯罪も憎しみも貧富の差もない、素晴らしい世の中を築くことができるのではないだろうか。

般若心経の易しい覚え方と唱え方

般若心経動画の第三弾がようやく完成しました。一月ほど前にアップした「般若心経の易しい覚え方(前半)」の再生回数がすでに1000回を超えました。やはり、般若心経というものが、日本人には特別まもので関心が高いのだなと感心しました。後半は、15分と長いせいか、さほど再生回数は伸びませんでした。そこで、今回は、できるだけ短く、シンプルに分かり易く解説することにこだわりました。

般若心経は、もっとも簡単でだれにでもすぐにできる気功だと思って、皆さんに勧めています。声をだすと体に中心から生命エネルギーである気がわき上がり、元気になります。この時期になると体熱くなって汗が出てきてしまうので、唱えにくくなってしまうのですが。冬は、体が温まって、唱えるにはもってこいの時期です。

今は、新型コロナ肺炎が流行っていますが、般若心経を唱えて肺から、ウイルスを追い出す気持ちで唱えれば、いいのではないかと思います。心と身体から恐れを追い払いましょう。

 

神仏に祝福されていると感じた一日

この間に日曜日、家族で志賀高原の温泉に行ってみようということで出かけた。あいにくその日に限って、急患が来て朝の9時から10時まで治療することになってしまたので、残念ながらカメラを持って行くのを忘れてしまった。まあ、初めのうちは曇っていたし、それほど良い天気には恵まれないだろうと思っていたので、それでもよかった。草津に着いて白根を抜けようとした所、火山活動の影響で志賀高原まで抜けられないことがわかった。それではということで、久しぶりに野反湖に行くことにした。

野反湖に向かう途中、たくさんの車とすれ違った。行きの車も途中から4台ほどつながった。これほど野反湖が混んでいるのは、始めただった。山を登っている時は、曇っていたのだが、頂上に近づくにしたがって、しだいに晴れ間がのぞいてきた。そして、駐車場に車を止めて、野反湖を見るとまるで南の国の海のようにマリンブルーの混じる見事な美しさだった。すかさずスマホで撮ったのだが、残念ながら、あの美しさは再現されていない。スマホというのは、何でもできるがどこにも足りない。この時は、カメラを持ってこられなかったことを悔やんだ。家族で湖畔のベンチで、お袋が作ってくれたおにぎりを食べ終わる頃には、空は暗雲に覆われてすっかり湖の美しさも失われていた。

その後、山を下りると四万温泉に向かった。コロナ騒ぎでしばらく休みになっていたので、久しぶりの日帰り温泉である。この時も車で向かっている時は、曇りだったのだが、四万に到着すると晴れ間がのぞいていた。久しぶりの四万の熱いお湯で、コロナ疲れを洗い流し、渋川に向かった。帰り道は、小野上の所から新しくできた上信道に乗った。出口付近で渋滞に巻き込まれたが、渋川も晴れていた。その日は、行く先々が晴れていて、神仏に祝福さてたような一日だった。

 

あなたが先にブッタガヤ

前回書いた師匠の中で、上江洲先生とLama・Oleのことが書けなかったので、ここに付け足したいと思います。上江洲先生は、沖縄出身の覚者で、10年ぐらい前から、桐生の会に参加しました。以前は、毎月のように桐生に来てくれていたので、毎月、楽しみして通っていました。アンマの場合は、インド人であり、日本に来ても、インドに行ってもいつも大勢の人たちに囲まれていたので、個人的に質問することができませんでした。その点、上江洲先生は、日本人でもあるし、通い始めた頃は、そほど大勢の人も来ていなかったので、光話会の前に個人的にもいろいろと質問することができました。また何よりもその波動が細かく優しいので、会場にいるだけで、深い瞑想状態に入ることができました。今では、桐生の会もなくなり、山梨の会に年に数回参加できるだけになってしまいました。

そして、ラマ・オレは、デンマーク人で、チベット仏教を学んだ方です。10年以上前に東京で会を開いてくれたので、何年か通いました。今でも、ヨーロッパを中心に世界中を飛び回り、チベット仏教を普及している方です。やはり、かなりの悟りに達しているのでしょうが、非常に付き合いのいい方で、一緒に居酒屋に行って飲みながら話したり、信者のロシア人の家に行って遅くまで飲み話すことができました。その時に、こんな自作のジョークを言ってみたのですが、残念ながら、ほとんどその意味が伝わらなかったようで、笑ってもらうことはできませんでした。

むかしあるところのとある菩提樹のそばでふたりの男が口論していた。

ひとりは金髪でろんげの白人風の男で、もうひとりはアイパーをかけた

インド人であった。

白人:人は、左の頬を打たれたら右の頬もさしだせねばならない。

インド人:そんなことはない、右とか左とかかたよった考え方はいけま

せん。あくまで真ん中中庸でなければいけません。

すると突然、白人はインド人の右頬をしたたかにうちすえた。

思わず、インド人も白人の左の頬をうちかえしてしまった。

白人:OH MY GOD!What are you doing?

インド人:なにをするんだとはこっちのせりふ、あんたが先に「ブッタ

ガヤ」

その後、そこは聖地として世界中から大勢の人がくるようになったとか。

めでたしめでたし

すべては夢のまた夢

死の谷を越える道

若いうちは、いくつもの可能性に満ちた道が、自分たちの前に無限に広がっているように見えた。しかし、年を取ってくると、その道が次第に狭まり、ある一つの道しか残されていないことに気づくようになる。それは、死の谷に落ちるかあるいは、それを超える道だ。自分の場合は、子供の頃からこのことがわかっていた、子供の頃、父親が運転する車の後部座席で星空を見ながら、この人生もあっとい間に終わってしまう短いものだなと思った。

そして、子供の頃から、渡り棒をしながら、死ぬまでにこの渡り棒を渡りきることができるのだろうかと考えていた。つまりは、彼岸へとつながる渡り棒のことだ。中学生の頃、夜、ベッドの上で頭の中でお経が聞こえてきた。不思議な感じで、つるつるのお坊さんの頭が浮かんできた。しかし、なんだか皆同じに見えて、出家してもつまらいように思えた。大学に入り、能楽研究会に入った。学部は、法学部だったが、邦を楽しむ方に熱心になった。つまりは、法学とは、方角が違ってしまった。そして、一年、留年すると赤坂にある転形劇場という劇団の研究生になった。友達に紹介されて行った公演を風邪を引いて見に行って、見終わる頃には、その劇団の熱気で、風がすっかり治ってしまっていたからだ。その劇団の演出家は、太田省吾さんという素晴らしい人だった。今でも、サティの曲に乗って、水の駅という無言劇の舞台稽古の時、彼の吸うたばこの煙がゆったりと揺れながら、螺旋を描きゆったりと上昇していたのを思いだす。

劇団の研究生と大学を卒業するといったん郷里の渋川に戻って、実家の酒屋を手伝った。そして、バイクで屋久島まで旅に出た。その時は出家して修行するかどうか迷っていた。旅の最後清水のユースで館山で太極拳を教えている山口博永老師に電話して、これから行ってもいいかと尋ねた。突然の連絡だったので、断られたので、いったん実家に戻り、鍼灸学校に入ることにして、再び、東京に出てきた。そして、館山に禅と太極拳を学びに行きながら、渋谷の鍼の専門学校に通った。指圧は、金町の鈴木先生の所へ、経絡指圧を習いに通い、鍼は、我孫子の横田観風先生の無為塾へと習いに通った。特に無為塾には、インドへヨガを習いに行った人や様々なユニークな先輩方がいて刺激的だった。その後は、無償の愛で世界中をハグしてまわるインドの女性の聖者のアンマを知り、彼女のダルシャンを受けに東京の会に10年通った。最後は、インドのアンマのアシュラムまで行ってきた。そういえば、博永師とは、太極拳を習いに中国河南省の陳家溝まで行き、比較的近くにあった少林寺へも行き、ダルマ大使が座禅した洞窟まで行ってきた。

実生活では、一浪して一留、そして、バツイチとあまりうまくいっているとは言えないが、本当の道に関しては、いつも彼岸に渡ることを意識して生きてきた。すでに60歳を過ぎて人生の起承転結も最後の20年、結果を残すべき時に来ている。死ぬまで果たしてこの渡り棒を渡りきることができるのかどうか、これからが踏ん張りどころである。そして、いろいろな聖者に会い、いろいろな修行もしてきたが、最後に般若心経に出会い、日々、動画を作ったり唱えたりしている。簡単でだれにでもできて奥が深い、多くの人とこの橋を渡れたらと思う。

般若心経のこの最後の言葉は、

羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶 (行こう、行こう、この橋を渡りきって 彼岸に至り悟りを開こうと言っているように思える。)

 

 

 

般若心経を青空へ2

今度は、動画に般若心経を貼り付けて作ってみました。Videosutadiox9というソフトで作っていますが、悪戦苦闘しながら、だんだん慣れて来ました。動画を作り始めて気がついたのは、意外と今まで動画を撮ってこなかったということです。写真は、かなり撮っているのですが。やはり、動画を撮ることも大切だと今回改めて認識しました。

まだまだ、お見苦しい点があるとは思いますが、どうぞ、ご覧ください。

般若心経を青空への動画ができました。

般若心経を青空へ帰したいので、こんな動画を作ってみました。今まで自分が撮りためていた写真に般若心経をできるだけカラフルに書き込みました。日本語で唱える般若心経は、最後が母音で終るので、ゴ~ンと響く鐘の音のように体に響かせることができて素晴らしいと思います。そのことを世界中の人に知ってもらいたいので、ルビはローマ字にしました。葬式仏教で白黒の世界に閉じ込められた般若心経を大空へ解放できれば、幸いです。

使った写真は、ほぼ渋川を中心に日々撮りためたものです。いつも車の中にカメラを持ち歩き、いつでも素晴らしい一瞬を撮れるように心がけています。思いがけない時に素晴らしい景気に出会ったりします。その絶えず変化する自然の美しさを撮り逃さないようにできるだけカメラは、車に積んでおくようにしています。今は、実った麦が黄金色に輝く素晴らしい時です。後は、太陽の状態で素晴らしい光景が現れるのを待ちわびています。

身近な生活の中、自分の中にこそ素晴らしい瞬間が潜んでいる。何もわざわざ飛行機に乗って遠い異国に行く必要はないのです。コロナで外出がままならない今こそ、自分の内面への旅を楽しみましょう。

 

般若心経を青空に解き放とう!

般若心経の話をすると、どうも耳なし芳一の話を思い出して受け入れられないという人がいた。そういえば、一般の人は、般若心経を聞くのは、だいたいお葬式とか不幸のあった時なので、暗い印象を持ってしまってもしかたないのかもしれない。しかし、実際には、その内容は、暗く重いこの世の情念の世界から、人を透明で青く澄んだ空のような空へと解放してくれる素晴らしいものだと思う。

しかも、日本では、空海の昔から1200年以上は、唱えられているにも関わらず、その内容は今でも新鮮で全然古臭くなっていない。それは、人間の本質、変わらぬ真理を端的に表現しているからだろう。だから、自分としては、青空に響き渡るように般若心経を唱えたいと思っている。BlueHeartSutraだ。そういえば、チベット仏教の薬師如来は、Blue Buddhaとか言われて青で表現されている。治療院の名前は、薬師堂だしこれも何かの縁なのかもしれない。

「花の色はうつりにけりな いたづらに」というが、桜の花に限らず、季節が移るにしたがって、どんどん新しい花が咲いては、色あせてゆく。同じように空の色も季節によって変化している。冬が終わり、春になり初夏を思わせる日が続く今となっては、同じ青でもすでに霞んであまりきれいではなくなってしまった。澄んだ寒い冬の空の方が、空の色もきれいに映える。同じように今年のように厳しい環境にある時の方が、人は真実を必死になって求めるのかもしれない。そんな澄んだ心に響く般若心経を気持ちよく唱えて青空に響かせ、少しでもこの苦難を乗り越えるための励みになればと思う。

般若心経の易しい覚え方(後編)

般若心経の易しい覚え方の後編ができました。後半は、般若波羅密多をキイワードに四つのブロックに分けて説明しています。こうやって整理してみるとさほど難しくないということに気が付くと思います。解説が必要なのは、最初の、「故心無罣礙、無罣礙故、無得有恐怖、遠離一切顛倒夢想。」までで、後はほとんど必要ありませんでした。以前、このブログでも書いたと思いますが、この遠離一切顛倒夢想はかなり重要なので、今回も丁寧に解説しました。

「生まれ生まれ生まれ生まれて、生の始めにくらく、死に死に死に死んで死の終わりにくらし。」という空海の言葉も引用しておきました。約1200年も前の空海の言葉が、未だに生きていて、同じような悪夢が何度も何度も繰り返されています。それが解消されるどころか、AI、ロボットの普及でますます深まっていくようにしか思えません。これを直すには、正しい死生観の元にすべてを単純化し、自然にそった生き方に戻る必要があると思います。

以前、説明したこの図のような逆三角形の倒錯して世界を元の正常な落ち着いて安定した、喜びに満ちた世界へ、戻す必要があると思います。そんな想いを今回の動画にこめて作ってみました。14分とちょっと長くなってしまいましたが、よかったら見てみてください。

 

般若心経の易しい覚え方の動画を作りました

般若心経が、なかなか覚えられないという患者さんが、けっこういるので、今回、易しい覚え方の動画を作りました。以前、記事にしたことを動画にしのですが、動画の方が説明も分かり易いかもしれません。今回は、以前買ってあったマイクをつなぎ、動画の編集ソフトに入力しながら、作ったのですが、うまく聞き取れたでしょうか。すべて、初めてなので、ちょっと聞き苦しい点もあったかもしれません。しかし、文章よりも分かり易いと思っていただければ、幸いです。

般若心経のどこが重要で、どこを強調すべきなのか。色即是空では、ありませんが、いろいろな色を使って強調しながら、作りました。普段、何気なく唱えている人も大まかな意味と流れをもう一度確認するのに役だててもらえればと思います。